流星、約束の「6」
たしか高校二年の夏だったと思う。
当時よくつるんでいた友人のKと二人で、流星群を見るために、丘の上の公園に出掛けたことがあった。
「小学生の頃、父さんに買ってもらったんだ」と大きなリュックから天体望遠鏡を取り出すと、Kは照れくさそうに笑った。
天体観測が趣味と言うと、いかにも秀才でございといった風で、恥ずかしかったのだと思う。
私は肉眼で夜の空を睨んだ。
じっと見ていると細かい星々のきらめきが徐々に現れ、真っ黒だった空が、いつの間にか満点の星空になっていた。
「今日は流星嵐らしいよ」
三脚のネジを締めながら、Kが言う。
「嵐? 流星群じゃなくて?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返すと、Kの講釈が始まった。
「嵐だよ、嵐。流星群とは比にならないほど、たくさんの星が降るんだ。今年のヘルクレス座τ流星嵐を逃すと、次は十二年後って言われてる」
「へえ、十二年後ねえ……」
その頃にはもう三十歳手前だ。スーツを着て名刺を持っている自分を想像してみるが、どうもしっくりこない。
「結婚したりしてるのかなあ」
私が独り言のように呟くと、Kは
「俺は彼女いたこともないのに、結婚なんかしてるのかねえ」
とため息混じりに返してきた。
「じゃあKは、乳首二個しか知らないんだな。自分の二個」
「いや、四個だよ。母さんのおっぱい飲んでここまで大きくなったんだ。忘れちゃあ可哀想だろ。まあ、覚えてはないけど」
二人で爆笑した。
「それじゃあさ、いつか彼女が出来て、Kの知る乳首が増えたら、≪6≫ってだけ伝えてくれよ。手紙でもLINEでもいいからさ」
Kは腹を抱えて笑いながら「わかった」「約束するよ」と言った。
――静寂。
少しして、視界の端に、白い光の線がぱらぱらと映った。
空の至る所で踊り出す星々に、思わず我を忘れて見入ってしまう。
「……俺さ、本気でNASAに行きたいんだ」
天体望遠鏡をのぞき込んだまま、Kが言った。
前にも一度、進路について話したときに聞いたことがあったが、そのときは茶化して終わった。子供っぽいとは思わないが、夢のまた夢ぐらいには実現性が無いように思えたからだ。
「応援するよ。Kなら行ける」
根拠は無かったが、誰もいない夜の公園で、十年単位でしか見られない流星嵐の時間を共有している私たちにとって、”奇跡”は確実に存在するもののように思われた。
「いっちょ、やってやるか」
「やっちまえ」
こんなに星が降っているのなら、願い事の一つくらい簡単に叶うだろう。
四十二歳になった今、私は宇宙エレベーターに乗り、地上から三六〇〇〇キロメートルに浮かぶ軌道ステーションを目指していた。
高校を卒業してから、Kとは疎遠になっていた。
風の噂でNASAに就職したとは聞いていたが、K本人から直接連絡があったわけではなく、少し寂しい思いをしたこともあった。
それが、今年の春、Kから封筒が届いた。
数年前に稼働した宇宙エレベーターの軌道ステーション作業主任に抜擢されたことが、落ち着いた文体で書かれていた。あの頃と違い、文字もすっかり大人びている。
封筒には、搭乗日時が刻印された宇宙エレベーターの招待券が1枚、同封されていた。
報道関係者用のチケットを融通してくれたらしい。
「嬉しい知らせがある。軌道ステーションで会おう。」と手紙は締めくくられていた。
――若干、体が浮遊し始める。
どうやら宇宙エレベーターのポッドが減速を始めたらしい。
軌道ステーションにドッキングしたのち、シートベルト着用のサインが消えた。
案内に従い、乗客が次々とポッドから出ていく。
私もそれに続き、空中を流れるように移動する。まるで昔見た宇宙ステーションからの中継映像のようだ。
エントランスで作業着姿の知らない男に話しかけられた。
「Kのご友人の方でしょうか?」
「はあ」と頷くと
「実は、Kは急の会議が入ってしまいまして……。一時間ほどで終わるとは思うんですが」
宇宙でも、地球の会社と同じような感じらしい。
「――それで、Kからの伝言なんですが、展望室でお待ちくださいとのことでした」
案内板に従い、展望室に辿り着く。
椅子とテーブルが並べられた広い空間に、飛行機のより一回り大きな丸い窓が並んでいる。
のぞき込むと、地球の曲線が眼下に見えた。
遠くや近くに、無数の宇宙ステーションが浮かんでいる。
珈琲を飲みながら待っていると、後ろから馴染みのある声が聞こえた。
「アレも、アレも、ぜんぶ俺が宇宙に浮かべたんだぜ」
歳を重ね、しわと白髪が増えたKが、そこに立っていた。
再会を祝して珈琲で乾杯した後、お互いの老け具合をいじりあった。
「そう言えば、手紙に書いてた『嬉しい知らせ』ってなんなんだ?」
私が言うと、Kは驚いた顔を見せた。
「あれ、気付かなかったの? せっかく、日時も指定したってのに……」
何のことか分からず、私も困惑していると
「ちょっと崩れちゃってるかなあ」
と言いながら、Kは窓の外、数多の星がきらめく宇宙空間を指さした。
そこには大小様々な宇宙ステーションが浮かんでいて、その内のいくつかが、同じ周期で赤く点滅している。
その赤い光の点滅は重なり合っていて、それはまるで、数字の「6」のように……。
「約束しただろ、連絡するって」
はにかむKの薬指には、銀の指輪が輝いていた。
<了>

