無職が海で出会った親子の、ちょっと不思議な話

初夏。

窓からの強烈な陽射しに体を焦がされ、私は目を覚ます。

寝室から見下ろす海はギラギラと揺らめき、網膜に斑の残像を焼き付ける。

父が遺してくれた海辺の一軒家に移り住んでから、もう1年が経過していた。

それは同時に、私の無職歴が1年を超えたことも意味している。

無職の日常は、想像通り肩身が狭い。

だから、普段は近所の目を気にしてあまり外に出ないようにしていたが、この日はどうにも我慢できずに、砂浜を散歩することにした。

夏の幻想のような外界に、思考が焦がされたのだろう。

砂浜に降り立つと、潮の匂いが一層強まった。

足下には潮の満ち引きが地層のように線を残し、海藻と無機物とが混ざった漂着物が点々と続いている。

特に宛てもないので、とりあえず波打ち際に沿って歩くことにした。

一歩進むたびにサンダルが砂に沈み込む。

その独特な浮遊感が、今私が立っている夏の海の幻想性に拍車をかけていく。

もう20分くらい経っただろうか。

初夏の陽射しと灼けた砂の照り返しに体が汗ばみ、喉も渇いてきた。

そろそろ引き返そう。

元来たほうを振り返ると、ちょうど私の家の下あたりに二つの人影があった。

波に合せて動き回る赤い小さな影と、風にそよぐ白く大きな影。

近づくと、親子連れだと分かった。

平日の昼だ。無職だと思われたくなくて、私は足早に親子の横を通り過ぎようとした。

「暑いですねー」

母親らしき女性が、私に話しかけてきた。

白いワンピースにベージュの帽子を被り、首には手ぬぐいを巻いている。

「いやー、そうですねー」

私は瞬時に笑顔を作り、なんとなくの返事で人見知りを誤魔化す。

だが、その母親は社交辞令だけで解放する気は無かったようで、

「お兄さん、地元の方ですか?」

と続けて聞いてきた。

「ええ、まあ……」

もっとハッキリ言えばよい物を、口の筋肉がうまく動かず曖昧になってしまう。

話題を私から逸らすために、逆にどこから来たのか聞こうと口を開きかけ、相手の女性を何と呼べばよいのか分からなくなり沈黙が出来る。

そんな私を見かねたのか、母親が再度話し始める。

「実は私、旅の途中なんです。未来からの」

「……え?」

困惑する私をよそに、母親は話を続ける。

「息子にも、綺麗な海を見せてあげたかったんです。だから……本当に良かった」

「……海は、見られなくなるんですか?」

本当に未来から来たのだとしたら、過去の人間の質問には答えてくれないのではないかと、聞いた後で思い至る。

私の予想通りなのか、単純に否定の意味なのか、母親は頭を振るばかりだった。

「残念だけど、そろそろ行かないと。お話ししてくれてありがとうね」

そう言うと、母親は私に、木製の丸い箱のようなものを差し出した。

さっきまで何も持っていなかったはずなのに、一体どこから取り出したのだろう。

失礼にならないよう、私はそれを両手で受け取る。

「いいんですか、こんな……」

私が遠慮がちな声色でそう言うと、

「もう使わないので」

母親は微かに頬を緩ませた。しかし、その表情はどこか悲しそうにも見えた。

「……それじゃあ、良い夏を」

母親は波と戯れていた男の子の手を取ると、浜辺をどこまでも歩いて行った。

私は、その親子が小さな点になって見えなくなるまで、浜辺に突っ立っていた。

別に、光となって消えたり、謎の機械や、空間の裂け目が出てきたりもしなかった。

やはり、あれは私の聞き間違いだったのだろうか……。

母親から受け取った、謎の木箱を開けてみる。

気付かなかったが、よく見るとそれは蒸籠(せいろ)のようだった。

蓋を取ると、その中には、私が知っている倍はあろうかという大きな肉まんが1個、蒸籠みちみちに入っていた。

<了>

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4件のフィードバック

  1. こひな より:

    みちみちって…さて、LOVE2000でも聴くかな…

  2. ジョーカー, より:

    うちにも親戚からもらった素麵が余っていて、もう使わないので。
    じゃ、未来で。

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